大判例

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札幌地方裁判所 昭和53年(ワ)1827号 判決

原告

川原田博治

原告

川原田キサ

右両名訴訟代理人

横幕正次郎

被告

株式会社キョードー札幌

右代表者

武田勝雄

被告

武田勝雄

右両名訴訟代理人

上口利男

山口均

被告

有限会社有働音楽事務所

右代表者

有働誠次郎

被告

有働誠次郎

被告

石谷正和

右三名訴訟代理人

山口博久

加藤隆三

遠藤昭

主文

一  被告株式会社キョードー札幌及び被告武田勝雄は、各自、原告川原田博治に対し、金六〇〇万一一九四円及び内金五〇〇万一一九四円に対する昭和五三年一月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告川原田キサに対し、金四七〇万一一九四円及びこれに対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの右被告両名に対するその余の請求、その余の被告らに対する各請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告両名と被告株式会社キョードー札幌及び被告武田勝雄との間に生じた分はこれを四分し、その三を原告らの、その余を右被告らの負担とし、原告両名とその余の各被告との間に生じた分は全部原告両名の負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨(原告両名)

1  被告らは、各自、原告川原田博治に対し金二一〇三万七七六三円及び内金一八五三万七七六三円に対する昭和五三年一月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告川原田キサに対し金一七八三万七七六三円及びこれに対する右同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら五名)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  (当事者)

原告川原田博治(以下「原告博治」という)は、訴外亡川原田順子(昭和三三年八月七日生、以下「順子」という)の父、原告川原田キサ(以下「原告キサ」という)は順子の母である。

被告石谷正和(以下「被告石谷」という)は、被告有限会社有働音楽事務所(以下「被告有働事務所」という)の従業員であり、被告有働誠次郎(以下「被告有働」という)は、被告有働事務所の代表取締役の地位に、被告武田勝雄(以下「被告武田」という)は、被告株式会社キョードー札幌(以下「被告キョードー」という)の代表取締役の地位にあつたものである。

2  本件事故の発生

順子は、昭和五三年一月二七日午後八時五分ころ、札幌市中央区南一四条西四丁目所在北海道立札幌中島スポーツセンターにおいて、イギリスのロックバンド「リッチー・ブラックモアズ・レインボー」(以下「レインボー」という)の演奏公演(以下「本件公演」という)を観覧中、熱狂した多数の観客に押し倒されてその下敷きとなり、約二〇分後に収容されたものの、肋骨骨折、胸部圧迫などにより、同日午後八時三五分ころ死亡した。

3  責任原因

(一) 本件公演は、被告有働事務所がイギリスより招聘したレインボーの興行権を被告キョードーが譲り受けて主催したものであり、演奏などの舞台進行は被告有働事務所がその任にあたり、被告キョードーは会場警備などを担当し、共同して本件公演の業務に携わつていた。

ところで本件公演は、イギリスの人気ロックバンドによるハードロックの演奏であり、かつ、観客の中心は若年の男女であつたから、演奏中に熱狂した観客が席を離れ、ステージ前に殺到するなどして会場が混乱することがあらかじめ予想されていたものである。

(二) 被告キョードー、同武田の責任

(1) 被告キョードーは、本件公演の会場警備を担当していたものであるから、同被告の代表取締役である被告武田は、被告キョードーの統括者として、会場が混乱することによつて発生する観客の生命、身体等への危険を回避するため、観客を興奮させないために開演時間を厳守し、観客に対し席から離れたりステージ前に行かないように警告放送をし、観客がステージ前に殺到しそうな状態に至つたときは直ちに演奏を中止させるとともに場内灯を点灯し、席を離れた観客に対してはこれを制止し、席に戻すために熟練した警備員を客席通路に少なくとも一五〇名以上配置し、かつ、観客が前に出ることを防ぐため防護柵等を用意し、会場が混乱した場合に備えて観客の避難場所を確保するなどの措置をとるべきであつたのに、何らこれらの措置をとらなかつた過失により、開演時間が遅れたことにより開演前から興奮していた観客をして、開演と同時にステージ前へ殺到させて会場を混乱させ、その混乱にまきこまれた順子を死亡させるに至つたものである。

(2) したがつて被告武田は、民法七〇九条により、被告キョードーは、同法四四条により順子の死亡により生じた後記損害を賠償すべき義務がある。

(三) 被告石谷の責任

被告有働事務所は、本件公演において演奏などの舞台進行を担当していたところ、被告石谷は、被告有働事務所の本件公演につき現場の責任者として右業務の一切の指揮、監督していたものであり、被告キョードー側と密接な連絡をとつて、同被告と共同して、観客を席から離れないよう警告を発したり、混乱が生じたときには直ちに演奏を中止させて混乱から起る事故の発生を未然に防止すべき義務があるのに、被告石谷は、会場の雰囲気を盛りあげるため、殊更に開演時間を約三〇分遅らせ、これにより興奮した観客多数をして、開演と同時にステージ前に殺到させて、会場を混乱させ、かつ、右のように会場が混乱したにもかかわらず、演奏中止の措置をとらず、そのままレインボーをして演奏を継続させた過失により、右混乱にまきこまれた順子を死亡させたものである(民法七〇九条)。

(四) 被告有働事務所

被告石谷は、被告有働事務所の従業員であり、前項の行為は同被告の事業の執行についてなされたものであるから、同被告は民法七一五条一項により本件事故の損害につき責任がある。

(五) 被告有働

被告有働は、被告有働事務所の代表取締役であり、同被告に代つて、被告石谷の監督を担当していたものであるから、被告石谷の過失によつて生じた損害を賠償すべき義務がある(民法七一五条二項)。

4  損害〈以下、省略〉

理由

一(当事者)

請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二(本件事故の発生)

順子は、昭和五三年一月二七日午後八時五分ころ、道立中島スポーツセンターにおいて、レインボーの演奏公演を観覧中、熱狂した多数の観客に押し倒されてその下敷になり、同日午後八時三五分ころ死亡したことは、当事者間に争いがないので、まず本件事故発生に至る経緯等についてみるに、〈証拠〉を総合すれば以下の事実を認めることができ〈る。〉

1  被告有働事務所は、主に外国人タレントを日本へ招聘し、自らその公演を主催し、あるいは国内の興行業者に外国人タレントを提供することを業としており、外国人タレントを招聘する業者としては、わが国において最大手に属する会社である。また、被告キョードーは、札幌を中心に各種コンサート等の興行を行つている会社であり、本件事故当時は、被告武田が代表取締役として常勤社員三名を使つて業務の遂行にあたつていた。

2  本件公演の演奏家である「レインボー」は、イギリスの五人組ロックバンドで、多大なステージ器材と照明器具を駆使したハードロックの演奏を特徴とし、日本でも二〇才前後の男女を中心に多くの人気を得ていたグループであるが、被告有働事務所により日本に招聘され、映和五三年一月から各地で公演し、本件公演は、同被告からその演奏提供を受けた被告キョードーによつて主催された。

被告有働事務所と被告キョードーとの間では、被告キョードーが金六五〇万円を支払つて被告有働事務所からレインボーの演奏の提供を受けることになつたものであるが、演奏に必要な舞台装置の設置、演奏曲目の選定、舞台進行等は被告有働事務所が行い、それ以外の、会場の確保、関係官庁への届出、入場券の売り捌き、当日の会場警備等演奏公演を実施するに必要な事柄一切は被告キョードーで行うこととされた。このような興行形態は、この業界では「買い興行」(招聘元からみれば「売り興行」)と呼ばれるものであつて、公演による収益は主催者たる被告キョードーに帰属するものである。なお、同被告は、本件公演において観客に損害が発生することに備え、賠償責任保険をかけた。

3  「レインボー」の公演は、本件公演に先立つて、福岡、広島、東京等の各地で一〇回程催され、いずれも盛況を博していたが、これらの公演では、主催者の場内放送等による注意にも拘わらず開演と同時に一部の観客が座席を離れステージ前に出てくるのを常態としていたことから、主催者側はこれによる観客への事故の発生を回避するため、警備員を多数配置するほか、会場内通路に防護柵を置いたり、あるいは通路沿いにロープを張りめぐらす等して興奮した観客の規制に努めていた。なかでも、昭和五三年一月一二日の広島公演では、前座公演終了時観客が異常に熱狂していたため、一時間余りの休憩時間を利用してステージ前の椅子約九六〇個を撤去し、ステージと客席最前部とに約二五メートルの間隔を設け、これにより開演後多数の観客がステージ付近に蝟集した際も事故の発生を回避し、また、同年一月一四日の福岡公演では、開演と同時に観客が総立ちとなつてステージ前が混乱した際、客席前一〇列目あたりに卓球用の防球ネット(縦九七センチメートル、横一八〇センチメートル)一七個位をを並べ通路を封鎖して他の観客がステージに押し掛けるのを阻止し、その間ステージ前の椅子をすばやく撤去して混乱による事故の発生を回避した程であつた。

4  昭和五三年一月二五日、被告有働事務所の本件公演担当者と被告キョードー側との間で、本件公演の進行等について打ち合わせを行なつた。右打ち合わせには、被告キョードー側から被告武田のほか同社従業員川越行純、同宮本和生、同駒形某、同社の関連会社従業員佐々木一志ほか一名が、被告有働事務所側からは本件公演の責任者である被告石谷のほか同社従業員扇谷良広ほか一名が出席したが、その際、被告武田から同石谷に従前のレインボー公演での観客の動向についての質問があり、被告石谷はこれに対し、観客の一部は開演とともに座席を離れてステージ前に押し掛けてくることがあり、ステージ前に集つた観客が客席に足をとられて転倒するのを防ぐためステージ付近の客席を撤去した例がある旨答え、客席をすばやく撤去するためにはステージ付近の客席は結束しない方がよく、また一時に観客ボステージ前に殺到するのを規制するのに、被告有働事務所が各地の公演先に持ち歩いている防護柵があるのでこれを提供してもよい旨助言した。被告武田は、被告石谷の右話を聞き、本件公演でも会場のステージ付近の椅子を結束しないことにしたが、防護柵は、観客に取り上げられたらかえつて危険であると考え使用しないことにした。また、本公演当日の場内放送は、被告武田の依頼により被告石谷が行うこととなつた。

5  本件公演の開場となつた中島スポーツセンターは、普段体育館として使用されている建物であるが、本件公演のため、一階には、折りたたみ式パイプ椅子三三一六個が別紙図面のように配置され、そのうち前八列(四四〇席、同図面青色部分)の客席の椅子は結束されず、それ以外の椅子はビニールテープで結束された。ステージに向う客席間の通路幅は、いずれも約八〇センチメートル、両袖に向う通路幅は約一メートルであつて、最前列の客席とステージまでの間は、約1.8ないし4メートルであつた(別紙図面参照)。また、本件公演では全席座席指定とされた。

6  被告武田は、本件公演を実施するにあたり、事前に警察と打ち合わせを行い、警備体制の指導を受け、また、アルバイト警備員約九〇名(主に学生)を雇傭し、公演当日は、自ら最高責任者となつて指揮するほか、社員の川越行純を警備主任、社員の宮本和生、駒形某を警備担当とする警備体制をとり、アルバイト警備員は全員会場一階に配置することにした。また観客に対する公演観覧上の注意として、事前に入場券の裏面に「イスの上には絶対に立たないで下さい。そして座席からは絶対に離れないで下さい。良いコンサートマナーでこの公演を成功させよう!!」の文句を印刷したほか、同様の注意を会場入口と会場内に立看板(九〇センチメートル×一八〇センチメートル)で掲示し、公演当日は、メガホン、場内放送等で観客に直接これらの注意を呼びかけることにした。しかし、観客がステージ前に殺到するのを防ぐための防護柵やロープ等は用意しなかつた。なお、本件公演には被告キョードーの警備とは別に札幌南警察署から三〇名の警察官が派遣され、会場内の警備に当ることになつた。

7  本件公演の当日(昭和五三年一月二七日)は、午後五時五五分ころ開場となり、一階は二〇才前後の男女を中心にほぼ満席となり、午後六時四〇分頃から日本人ロックバンドによる前座の演奏が開始された。右演奏中、座席を離れステージ付近に出て来る観客もあつたが、被告キョードー警備員はこれを厳しく規制することはなかつた。前座の演奏は午後七時二〇分頃終了し、被告石谷が「レインボー」の公演まで約三〇分間の休憩に入るので、この間に手洗等を済ませるよう、また演奏中は席を離れないよう呼びかける場内放送を行ない、休憩時間となつた(なお、従前の「レインボー」公演においても、演奏器材や照明器具の設置等の必要から前座公演終了後には三〇分ないし四〇分の休憩時間を必要としていた。)。

8  順子は、当時北星学園女子短期大学一年に在学中であつたが、本件公演当日は同級生の上出まどか(当時一九歳)とともに本件公演を観覧するため、午後六時三〇分ころ会場に入り、自己の指定座席である一四列二六番の席(別紙図面赤印)に着席し(上出はその右隣の一四列二七番)、上出とともに前座の演奏を聴き、休憩に入つてからは自席でレインボーの演奏が始まるのを待つていた。

9  ところがレインボーの演奏は、放送された予定の休憩時間を経過しても開始されず、開演が遅れていることについて場内放送による説明もなかつたことから、場内はレインボーの演奏を待ち焦がれる観客によつて次第に騒然とした状況になり、観客の中にはステージ前に出てくる者や通路に立つ者が現われるようになつたが、これら自席を離れている観客に対しても何らこれを制止するような警備活動はなされなかつた。このような中で、午後八時五分ころ、演奏開始のため突然場内灯が消されるとともにステージライトが点灯され、レインボーの演奏が始まつた。

10  レインボーの演奏が右のように始まるや、一階の観客多数(およそ五〇〇名)が一斉に客席間の通路を通つてステージ前に殺到した。被告キョードーの警備員は、警備主任の川越をはじめ大部分が、観客がステージ前に集まつてきたときには未結束の客席を撤去しようとステージ前左右の通路に待機していたが、右のように一時に多数の観客が殺到してくることを予想しておらず、またアルバイト警備員に対する指揮命令の系統や客席撤去の作業手順も事前に取り決めておかなかつたため、殺到してくる観客に対し組織的な規制活動を行うことができず、また客席の撤去も殆ど行うことはできなかつた(客席間の通路には、警備員が配置されず、また防護柵やロープ等による規制のための措置もとられなかつたため、観客は自由にステージ前へ行ける状態であつた。)。このため、ステージ前及び未結束の客席(別紙図面青色部分)付近は、散乱した椅子(撤去予定の客席)に足をとられる等して転倒する者や転倒した者に折り重なつて転倒する者が続出し、混乱状態に陥つた。本件会場に警備にきていた警察官は、一階会場の左右の通路に待機していたが、被告キョードーの警備員と同様、観客がステージ前に殺到するのを制止するいとまはなかつた。

11  順子は、レインボーの演奏開始直後、ステージ前に殺到する観客とともに、自席を離れ左側の通路を通つてステージ前に駆けて行つたが、その後、別紙図面×印付近において、うつ伏せになつて倒れているのを警察官に発見され、救助されて、同日午後八時一九分ころ出動要請を受けた消防署の救急車により北海道社会保険中央病院に収容されたが、同病院において、午後八時三五分ころ胸部圧迫により窒息死した。

12  会場が混乱に陥つた後もレインボーの演奏は続いたが、開演から二〇分程経過した午後八時二五分ころ、事故の発生を知つた会場管理者によつて場内灯が点灯され、このときは照明係によつて直ちに消灯されたが、再び会場管理者によつて点灯された。ステージ袖で演奏の進行を見守つていた被告石谷は、場内灯の点滅に不審を抱き、場内灯のスイッチを探しにステージを降りたところ、スイッチ付近に警察官がおり、負傷者が発生したことを告げられ、演奏の中止を要請された。

一方武田は、当日、警備の最高責任者として会場別室に待機していたが、レインボーの演奏開始後まもなく会場に入つて会場が混乱しているのを知り、暫時自ら観客の整理にあたつたが、収拾のつかないことから演奏を一時中断して場内を鎮静させようと考え、ステージ上の被告石谷を探したが発見できず、楽屋に待機していた被告有働に演奏の一時中断を要請し、その結果、レインボーの演奏は、場内灯の点灯後更に暫くたつて中断され、会場内の混乱はようやく収つた。

なお、右混乱中も順子の指定席付近では観客が椅子の上に立ち上つているようなことはあつたが、押し合いやこれによる転倒などは起らず、特に危険な状態ではなかつた。

三(被告らの責任)

1  前項で認定したところによると、本件事故は、人気ロツクバンドの演奏開始直後、人気演奏家にできるだけ近付いて演奏を聴こうとした観客多数が一時にステージ前に殺到し、その一人である順子が多数の観客の中で転倒し、他の観客がそのうえに倒れたり順子を踏み付けるなどした結果発生するに至つたものと認めることができる。そうしてみると、本件事故の直接の原因としては右のような挙に出た観客(順子を含む)の行動自体にあることは明らかである。

しかしながら、前記認定によれば、レインボーは、日本でも二〇歳前後の男女を中心に高い人気を得ているロツクバンドであり、しかもハードロツクの演奏をすることを特徴としていたというのであるから、レインボーの演奏により観客が熱狂し、興奮した観客の中には席を離れてステージ前に近付こうとする者が現われることは当然予想されたものといわざるをえない。現に、本件公演に先立つて行われた広島、福岡等でのレインボーの公演においては、観客がステージ前に集まるのが常態であり、会場によつてはステージ前に集つた観客の安全を図るためにステージ付近の客席を撤去したところもあるのである(前記二、3)。そのうえ本件公演は、会場一階だけでも三〇〇〇名以上の観客を収容する大規模なものであつたのであるから、ひとたび混乱が起これば収拾がつかない事態に立ち至ることが十分予想されたのである。そこで、以下右のような本件公演を行うにつき、原告ら主張のような不法行為が被告武田、同石谷に存したか否かを検討する。

2(一)  被告キョードーが本件公演の主催者として観客に対し安全に公演を観覧させる義務を負つていたこと及び同被告が本件公演の会場警備を担当していたことは、当事者間に争いがない。

(二) 被告武田は、本件公演の最高責任者として警察との事前の打ち合せをし、アルバイト警備員を雇い入れ、また観客に対して、席を離れないようにとの注意を呼びかける文言を入場券の裏面に印刷し、同趣旨の注意を会場入口等に立看板で掲示したほか、被告石谷をしてその旨の場内放送をさせたことは前記二で認定したとおりである。

また、被告武田は、昭和五三年一月二五日の被告有働事務所側との打ち合せに出席し、レインボーの各地での公演状況を聞き、演奏中観客がステージ前に出てくることがあるのを知つて、ステージ付近の客席を結束しないことにし、観客がステージ前に出てきたときはこれらの客席を撤去して観客が客席に足をとられて転倒するのを防止しようとしたのであるが、これが成功しなかつたことは前記二、10でみたとおりである。思うに、右のようにステージ前の客席を撤去してステージ前に空間を用意しステージに集まつた観客をここに収容して集まつた観客同士による混乱を回避するという方法をとつたこと自体については、一理あるものと考える余地がないわけではない。しかしながら、右方法による混乱回避が成功するには、ステージ前に観客が集まる前に客席を撤去して空間を確保することと観客を右空間に安全に誘導することの二点が不可欠となることはいうまでもないことである。しかるに、本件においては、客席の撤去に備えるの余り、警備員の大部分をステージ前左右に待機させ、ステージに向う客席間の通路には警備員を配置せず、また通路上にも防護柵やロープ等による規制措置をとらなかつたため、結局として観客をステージ前に出ることを容易にし、一時にステージ前に殺到してきた観客を制止しえず、これがため未結束の客席を殆ど撤去できずにステージ前の混乱を招くに至つたものであるから、被告武田のとつた方法は、かえつて火に油を注ぐ結果になつたと証価せざるをえない。

レインボーの公演においては、演奏に熱狂、興奮した観客がステージ前に出てくることがあること、殊に本件公演は会場一階だけでも三〇〇〇名以上の観客を収容する大規模なものであつて、ひとたび混乱が生じれば収拾のつかない事態に立ち至ることが予想されたことは既述のとおりであつて、このような公演を実施するにあたつては、単に入場券や立看板、あるいは場内放送等によつて一般的に観客に対し席を離れないよう注意を呼びかけるだけでは足りず、できうる限り自席を離れようとする観客がステージ前に殺到するのを防止すべきであり、これがためには、客席間やステージへ向う通路に十分な数の警備員を配置したり、各通路を防護柵、ロープ等によつて封鎖する等の措置をとるべきだつたのである。しかるに、被告武田は、本件公演の警備上の最高責任者でありながら、これらの措置をとらず、前記のように観客がステージ前に集まつてきたときには未結束の客席を撤去すべく準備したのみであつたため、約五〇〇名もの観客をして一時にステージ前に殺到させるに至つたものであるから、同被告には、会場を警備するにつき過失があつたものといわざるをえない。

(三) 被告武田、同キョードーは、本件のように開演直後一時に五〇〇名もの観客がステージ前に殺到してくることは予想しえなかつた旨主張する。しかしながら、人気演奏家にできるだけ近付きたいというのはファン共通の心理であつて、しかも観客の中心が二〇歳前後の男女であつてみれば、一部の者が前に出れば他の者がこれに続くであろうことは容易に予見しうべきことである。むしろ少数なら前へ出てもよいとする警備のあり方が逆に多数の観客をしてステージ前に殺到させたともいいうるのである。

また同被告らは、本件事故は、会場の混乱を知つた被告武田が被告有働に対し演奏の中止を要請したにもかかわらず、右要請が直ちに受けいれられず演奏が継続されたことによつて発生したものである旨主張する。しかしながら、消防署に対する救急車の出動要請があつたのは、当日午後八時一九分であり、証人田澤勇の証言によれば、負傷者を発見してから救護室に運ぶには少なくとも五分程度要したことが認められるのであつて、これに順子が負傷してから警察官に発見されるまでの時間を考慮すれば、順子は、レインボーの演奏開始後まもなく負傷したものと解され、他方、被告武田は、演奏開始時は別室におり、開始後まもなく会場に入り、会場の混乱を知つて暫く会場の整理をした後演奏の中止を要請すべくステージ上に被告石谷を探したが発見できず、楽屋に行つて被告有働に演奏の中止を求めたのであるが、被告石谷がステージから下りたのは午後八時二五分ころ以降のことであつて、これらのことに勘案すれば、被告武田が被告有働に演奏の中止方を要請したのは、午後八時二五分以降のことと推認でき、したがつて、被告武田が演奏の中止方を求めたときには本件事故は既に発生していたものと考えられる。よつて、被告武田、同キョードーの右主張も採用できない。

(四)  以上によれば、被告武田は、被告キョードーの代表取締役として、その職務を行うにつき前記(二)で判断したとおり、とるべき措置をとらなかつた過失があり、これによつて本件事故を発生させたものというべきであるから、被告武田は、民法七〇九条により、被告キョードーは、商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項により、いずれも本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

3  次に被告石谷、同有働事務所の責任について判断する。

原告らは、被告石谷は本件公演の会場の雰囲気を盛り上げるため殊更開演時間を三〇分遅らせ、これにより興奮した観客多数をして開演と同時にステージ前に殺到させ、かつ、会場が混乱したにもかかわらずそのままレインボーをして演奏を継続させた過失がある旨主張する。

ところで、既述のとおり、本件公演は被告有働事務所からレインボーの演奏の提供を受けた被告キョードーの主催によるものであるから、被告有働事務所は、観客に対し直接に安全に公演を観覧させる義務を負つていたものということはできず、ただ演奏の提供行為自体が第三者に対する違法行為となるべきときは、これによる損害賠償の責に任ずべきことがあるというべきである。これによつて本件をみるに、まず被告石谷が被告有働事務所の本件公演における責任者であつたことは前記二、4でみたとおりであるが、同被告が殊更開演時間を遅らせたことについては、これを認めるに足る証拠はない。もつとも〈証拠〉には、同被告は、レインボーのメンバーが演奏する気分になるまで待つていた旨の記載があるが、仮にそうであつたとしても、開演の遅れが一五分程度であつてみれば、右をもつて違法な行為とまでいうことはできない。

次に会場が混乱した後も被告石谷は演奏中止の措置をとらなかつたとの主張については、既述のとおり本件公演の主催者が被告キョードーであり、同被告が会場の警備を行つていたことに照らせば、会場の収拾についてどのような方策をとるべきかを判断し、収拾策を講ずるのは同被告というべきであるから、被告石谷が負傷者の発生を知り、あるいは負傷者が発生しうべき状況を知つていたような場合は格別、そうでない限り独自に演奏の中止をすべき義務はないものというべきところ、被告石谷において、本件事故発生時、負傷者の発生を知り、あるいは発生しうべき状況にあることを知つていたと認めるに足る証拠はない。

そうであつてみれば、被告石谷に本件事故発生につき過失がある旨の原告らの主張は採用し難く、同被告に対する原告らの本訴請求はその余について判断するまでもなく失当といわざるをえない。また被告石谷に不法行為責任があることを前提とする原告らの被告有働、同有働事務所に対する本訴請求もまたその余について判断するまでもなく理由がない。

四(原告らの損害)

そこで以下、被告キョードー、同武田に対する関係で本件事故の損害について検討する。

1  葬儀費用

順子の葬儀が原告博治の手によつて行なわれ、少なくとも同原告が金六〇万円を下らない費用を支出したことは、原告博治の本人尋問の結果により明らかであつて、その葬儀費用金六〇万円は、本件事故による損害と認めるのが相当である。

2  順子の逸失利益

順子は昭和三三年八月七日生(死亡時満一九才)の女子であり、本件事故時、北星学園女子短期大学一年に在学中であつたことは当事者間に争いのないところ、昭和五六年度の賃金センサスによれば、高専・短大卒・産業計・企業規模計の女子労働者の平均賃金は年収二二四万〇八〇〇円であることが認められるので、順子が本件事故で死亡しなければ短大卒業後六七歳まで毎年右程度の収入が得られたであろうことが推認され、この間の生活費を四割控除し、ライプニッツ方式によつて中間利息を控除して、順子死亡時の現価を算出すると、次の算式により金二一八〇万四七七六円となる。

224万0800円×(1−0.4)×16.218=2180万4776円

そして、原告らが順子の両親であることは当事者間に争いがないから同人らは、各自右逸失利益を法定相続分にしたがい二分の一(金一〇九〇万二三八八円)ずつ相続したものと認められる。

3  慰藉料

前掲原告博治の尋問の結果によれば、順子は原告らの長女であることが認められ、原告らが順子の死亡により精神的苦痛を受けたことは容易に推認されるところ、原告らの右精神的苦痛を慰藉するにはそれぞれ金五五〇万円をもつてするのが相当と認められる。

4  過失相殺

これまでの認定事実に照らし次のとおり判断する。

本件事故は、順子を含む観客多数が一時にステージ前に殺到したため、その混乱の中で発生したものであり、順子の指定座席付近では特に身に危険を及ぼす程の混乱はなかつたのであるから順子が自席を離れなかつたら本件事故は発生しなかつたものである。そして、順子の年齢、教育程度からみれば、多数の観客とともにステージ前に殺到すれば、ステージ前が混乱し、その混乱の中でいかなる事態が生ずるかも当然予見しえた筈のものであつて、あえて右行動に走つた順子自身にも本件事故について一半の責任があるといわざるをえない。右にみたような本件事故の態様、順子の年齢、教育程度に加え、被告キョードー、同武田においても入場券、立看板、場内放送等によつて観客に対し席を離れぬよう注意する等ある程度の事故防止のための措置も講じていることなど諸般の事情に鑑みると、過失相殺として、後記弁護士費用を除く原告らの損害額から五割を減ずるのが相当である。

そうすると、過失相殺後の原告博治の賠償請求権は金八五〇万一一九四円となり、原告キサのそれは金八二〇万一一九四円となる(後記弁護士費用を除く)。

5  被害の回復

原告らが被告キョードーから金二〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがない。

また〈証拠〉によれば、原告らは、昭和五三年二月一〇日ころ、被告有働事務所及びレインボーから金五〇〇万円を支払われこれを受領したことが認められる。

原告らは、右各金員は本件事故の香典、贈与金であつて損害額から控除すべきでない旨主張するが、右各金員が本件事故に関して支払われたことは明らかであり、支払つた相手方はいずれも本件公演の関係者であるうえ、その金額も通常儀礼的に支払われる金額を超えているものであるから(なお、原告博治の供述によれば、被告有働、同有働事務所は、右金員とは別に香典としてそれぞれ金一〇万円を支払つていることが認められる。)、被告キョードーの金二〇〇万円は同被告の一部弁済として、被告有働事務所の金五〇〇万円は損益相殺としていずれも本件事故による損害から控除するのが相当である。そして、右各金員は原告らが二分の一宛それぞれの賠償請求債権に充当したものと認めるべきであるから、結局原告博治の賠償請求債権は金五〇〇万一一九四円、原告キサのそれは金四七〇万一一九四円となる。

6  弁護士費用

前掲原告博治の尋問の結果によれば、原告博治が本件訴訟代理人に本訴の追行を委任し、報酬の支払約束をしたことが認められるところ、本件事案の難易、審理経過、本訴認容額に鑑みると、本件事故と相当因果関係を有するものとしての弁護士費用は金一〇〇万円とするのが相当である。

五(結論)

以上の次第であつて、原告らの被告ら五名に対する本訴請求は、被告キョードー及び被告武田に対し、原告博治が金六〇〇万一一九四円とうち弁護士費用を除いた金五〇〇万一一九四円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和五三年一月二八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の、原告キサが金四七〇万一一九四円とこれに対する右両日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、右両被告に対するその余の請求、その余の各被告に対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(伊藤博 大橋弘 光前幸一)

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